『線は、僕を描く』砥上裕將著 水墨画と生の共振

 今年収穫の1冊だ。水墨画を題材に芸術と生の共振を新人離れした確かな筆致で表現し、深くさわやかな感動に導いてくれる。編集者が選考する新人賞「メフィスト賞」受賞作。

 交通事故で両親を失った喪失感から深く心を閉ざしていた大学生の霜介は、バイト先の展覧会場で水墨画の巨匠、篠田湖山に見込まれ内弟子となる。水墨画に魅せられた霜介はその深遠な世界に分け入っていく。湖山の孫で弟子の千瑛は対抗意識を燃やしながらも霜介という存在に心惹かれ……。

 著者が実際の水墨画家だけに作画の描写に圧倒的なリアリティーがある。

「大筆で画面に叩き付けるように調墨をした筆の全体を使って花びらを描いていき、叩き付けた衝撃で花弁の繊維を描く。その繊維は、当然、筆の毛が画面に乗った際の繊維だが、筆の中に含まれた墨の達人級のグラデーションが、まるでそれを輝きや潤いのある花びらそのものに見せてしまう」

 湖山は教え諭す。白黒の濃淡、潤渇、筆勢による表現は作者の心象をそのまま映し出す。水墨画は森羅万象、宇宙の現象を描く。心の内側にも宇宙がある。自らの内側を見つめて解き放て。

「形ではなくて、命を見なさい」

「ただありのままに生きようとする命に、頭を深く垂れて教えを請いなさい」

 命そのものに触れようとひたすら描く霜介は次第に生きる力を取り戻す。そのとき多くの人間が紡いできた水墨という一本の長大な線の中にいることを霜介は感じる。タイトルに込めた意味だ。

(講談社 1500円+税)=片岡義博

2019年8月2日

新刊レビュー

本の世界へようこそ!注目の一冊を、やさしく厳しく批評します。

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