『ドローンマン』妹尾一郎著 なんとなく人生が彩度を増す日

 物語の主人公は、語り手自身。「妹尾(せのお)」という名の、50代の、ファッション誌でモデルやアイドルたちをおだてあげながら、写真を撮ってきたカメラマンだ。なんとなーく人脈に恵まれ、仕事が続いてきたけれど、かつてカメラマンを目指して東京に出てきた頃、憧れていた彩り豊かな日々とはかけ離れた毎日に、そろそろ潮時かなあと思い始めている季節。

 そんな彼が、あるきっかけで、「興(おき)さん」という老練カメラマンと出会う。あるきっかけも何も、飲み屋での意気投合である。彼はNHKを代表する自然ドキュメンタリー番組のカメラマン。妹尾が、その頃もてはやされ始めた「ドローン」を操れると聞き、ドローンのカメラマンとして、次の海外ロケに同行するよう誘われる。妹尾は、そこまで自信はない。けれど、膠着状態の自分の人生を、少し動かすことができるような気がする。思い切って、旅路に飛び込んでみることにする。それが「ドローンマン」の誕生の瞬間だ。

 書き手の妹尾一郎自身、今はすっかり珍しくなくなった、浮遊感あふれるドローン撮影の第一人者である。この本は、彼がそうなるまでの成長期でもある。しかし本書の巻末にはこうある。「この物語はフィクションです」と。

 ここから描かれるいくつもの旅路が、実に躍動感にあふれている。イラン。カナリア諸島。オマーン。シリア。体中、水に浸かりながら、狭い狭い洞窟からの脱出劇。炎天下の長時間撮影による熱中症と脱水状態。命からがら、一日を終えて、興さんと並んで夜空を見つめる、そんな旅路。

 そんな興さんが、ある日、がんで亡くなるのだ。

 何がつらいって、番組のクルーの中で自分だけ、何も知らされていなかったことである。興さんがそういう病気であることも、それからいつどこでどのように亡くなったかということも。モデルやアイドルを撮る日々が返ってきても、意欲や情熱が薄れている自分がはっきりとここにいる。旅の途中で、興さんがつぶやいた言葉が思い出される。「好きなことだけをして過ごした一生より、苦しくても辛くても、人として、するべきことをしたという一生でありたいね」。妹尾はすべてを捨てて、ある旅に出ることを決める。

 本書は、ただの旅日記ではない。なんとなーく人生を生きていた男が、旅と出会いと別れを経て、他の誰でもない自分自身の人生を獲得しようとする物語だ。成長や変化は、若者の専売特許ではない。それを願うすべての者に、許されているものだ。自分の人生、だいたい、こんな感じで終わっていくのかなあ……とため息を隠せない中高年にこそおすすめしたい。あなたは、まさに今この瞬間、彩り豊かな人生を、自力で始めることができるのだ。

(イースト・プレス 1400円+税)=小川志津子

2019年5月31日

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