『水辺のブッダ』ドリアン助川著 人と人は救いあって生きる

 とりたてて、物珍しい仕掛けが潜んでいるわけではない。過去に何らかの後ろ暗さをたたえたホームレスの中年男と、社会とやっていくことにきわめて不器用な女子高生。中年男は多摩川で自殺を試みるが助けられ、女子高生は飲み屋のバイトをクビになり、同僚の青年にレイプされる。

 二人を待ち受ける厳しい現実が羅列されても、さほど驚かない自分に驚く。この世界が生きづらいなんてこと、とっくにわかりきっている。私たちは当事者として、その生きづらさを身をもって知っている。人の数だけ苦しみがあって、人の数だけ落とし穴がある。そこにはまってしまったら、万人に通用する脱出術なんて存在しない。じたばたと、無様に、もがくのみである。

 中年男が住まいにしていた多摩川の川べりが、大洪水に見舞われる。自分たちと同じようにホームレスとして暮らしていた男性が、何者かに殴られ、頭蓋骨を割られて重体に陥る事件が起こる。女子高生は新たな男と知り合い、前述の青年に謝罪を迫るが、その方法が荒っぽすぎたので警察沙汰になる。家に戻れば、家族は母親と、その再婚相手と、その娘。居場所はない。実父は病死したと言われて育った。しかし実父が死んだ記録はないのだと、警察の取調室で刑事に聞かされる。

 別々に生きる二人の日々が、交互に語られる。ああ、これらの道はいずれ交わるのだなとわかる。

 やがて、中年男には仲間ができる。理解(しようとしてくれる)者が現れる。焚き火を挟んで、中年男は過去を語る。かつて、人を殴り殺してしまったこと。それをきっかけに、家族と別れたこと。その頃、幼い娘がいたこと。名を、絵里ということ。——前述の女子高生と同じ名だ。

 うっすらと予測していた展開が、あっさりと訪れる。しかし、本書の肝は、展開の妙や意外性にはない。重点が置かれているのは、それぞれの場所でズタボロになった父娘が、いかに再生していくかだ。

 父親は、理解(しようとしてくれる)者と生活をともにする。「自分」にとらわれずに生きる方法を、ブンさんと呼ばれるその男が教えてくれる。他のホームレス仲間も、ブンさんには一目置いていて、「ブンさんがいいこと言ったら俺らにも教えろ」と頼まれる。ブンさんは、仏みたいな人なのだと。

 タイトルの種明かしが済んだ、このあたりから物語は深刻さを増す。娘はこの世界全体への復讐とばかりに風俗で働き始め、暴力男との間に子を宿す。多摩川では父親のホームレス仲間が何者かによって殺される。事件の担当刑事が、娘の警察沙汰の担当でもあった人物で、父親は、娘がそう遠くない場所ですさんだ生活をしているらしいことを、その人物から知らされる。

 どこでどうしているかわからない娘を、救いたい。

 焦る父親の心を、ブンさんの哲学が鎮める。この世界は、宇宙は、私たちが作っている。日々、人の数だけ、宇宙は生まれる。人の数だけ苦しみがあって、人の数だけ喜びがある。どれも、誰のものでもなくて、どれもが、誰かのものである。

 そしてこの物語が父と娘に用意した、救済。二人とも、容易い再会とか抱擁ではなく、自分の思考で、その境地にたどり着く。人と人は、会うことなく、遠く離れていたとしても、互いに、救いあって生きるのだ。

(小学館 1600円+税)=小川志津子

2019年5月31日

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