「リレーコラム」選手指導の裏に吉本新喜劇

プロ野球日本ハム、ヤクルトでコーチの三木肇氏



 プロ野球で元ヤクルト・真中満氏の解説が面白いと評判だ。

 つい昨年まで監督を務めていただけあって、選手を評価する言葉には「相手チームはこう見ている」というリアルが感じられるし、守備陣形の変化や意図を細かく解説するあたりは、監督時代にキャンプで報道陣を閉め出して“秘策”のサインプレーを特訓していたのが思い出される。

 何より、得意のカラオケで鍛えた声はよく通り、言葉がスッと耳に入ってくる。

 その真中氏が信頼を寄せ、監督を務めた3年間を参謀役として支えたのが三木肇ヘッド兼内野守備走塁コーチ(現ヤクルト2軍チーフコーチ)だった。

 三木コーチは守備と走塁の技術指導に豊富な実績を残してきたが、その妙は選手を前向きに取り組ませる言葉の掛け方にあったように思う。

 選手への接し方について、面白い話を聞いたことがある。大まかに言えば、「アメ」と「ムチ」の使い分けになるだろうか。

 選手がプレーで失敗したとき、思うようにいかないときに「何やっとんねん!」と当たるか「大丈夫か?」と寄り添うか。判断基準の一つは選手の出身地だという。実にユニークだ。

 厳しく当たるのは特に関西出身の選手の場合だ。理由はなんと吉本新喜劇にあるという。

 毎週土曜日のテレビ放送といえば、関西のお茶の間の定番。「西の人間の多くは、小さい頃から吉本新喜劇を見て育っている。だから自然と“落とす”文化が身につく」。

 例えば、東の出身の選手ならヘコむかもしれない「ぼけ!」「もう終わるか?」などの厳しい言葉も、根本的な受け止め方が違うのだとか。

 三木コーチの経験では、その“境界線”は静岡県辺りにあるそうで、カリブ海に浮かぶオランダ領キュラソー島出身のバレンティンは「(世界地図で見たら)東だから、めちゃめちゃ落ち込みやすい」のだとか。ほんまかいな。

 三木コーチは大阪の上宮高から1996年にドラフト1位でヤクルト入り。けがに苦しんでプロでは強打を発揮することができず、日本ハムにトレード移籍した2008年に引退して31歳の若さでコーチとなった。

 指導者としてのベースにある、野村克也監督(当時)のミーティングを記したノートは絶対に失うことのないよう、複製した1冊を家の金庫に保管しているという。

 コーチとして研鑽を積み、日本ハムでの中島卓也、西川遥輝、ヤクルト復帰後の山田哲人ら教え子に盗塁王は多い。味のある指導もまた、苦労人ならではの魅力だろうか。

小林 陽彦(こばやし・はるひこ)プロフィル

2009年に共同通信入社。大阪運動部でプロ野球オリックス、阪神やサッカーのG大阪などを担当した。14年は47行政ジャーナル編集部で地方自治体の取り組みを取材。15年から本社運動部でヤクルト、DeNAを担当している。神奈川県出身。

2018年8月8日

スポーツリレーコラム

共同通信記者たちが見たスポーツ界の裏側をお見せします。

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